空から舞い降りるその礫の意味を。
貴方なら、何と表現する。







雨の住人







それは突然、まるで贈り物のように降り出した。


夕刻近くの現在、突然降り出した雨に部活動のためグラウンド内にいた者たちは速やかに片付けに入り、それぞれの部室 へと立ち去っていく。
地を叩くその音だけが世界を作り出し、まるで連日の暑さが嘘のように緩やかなスピードで涼しさと静けさが浸透していった。
ただ唯一、テニスコート内の様子だけは真逆なもので。


「うっわ〜雨なんて何日振りだよ」

「気持ちE〜」


身に纏わりついていた熱気はその姿を消し、代わりに柔らかな水の匂いと感触が五感を支配する。
勢いを増すばかりの雨に打たれているというのに、その感触を楽しんでいるとしか言えない岳斗とジローに宍戸が小さくため息をつく。


「ったく、んなことで喜ぶなよ。激ダサだぜ」

「・・・とか言って、宍戸だって楽しんでるだろ〜」


ココにこうして残ってるんだからさ〜と岳斗がニヤニヤしつつそう問い掛ければ、宍戸は図星だと分かりやすいくらにチッと舌打ちを したのち、空を見上げて目を閉じてしまった。
それを見た岳斗はコート上に座り込んで同じように目を瞑り空を見上げ、ジローと言えば、そのすぐ近くに大の字に寝転がり、 そのままいつものように眠ってしまうのではないかと思うほど嬉しそうに瞼を降ろしてしまった。
まるで3人は雨の世界の住人になったかのように、溶け込んでいる。


「・・・・もう、みんな風邪ひくで」

「放っておけ。何とかは風邪を引かない・・・・だろ?」

「跡部は酷いなぁ」


屋根のあるベンチの下で、三人の行動を観察していた跡部と忍足はどこか楽しそうにそう呟いた。
その言葉は雨の音に吸い込まれ、三人の耳元へは届かなかったようだが。
安堵するかのように忍足は静かに笑うと、ゆっくりと雨の降りしきるコートへと歩き出した。
跡部はそれを制することもなく、忍足の背を見つめている。
コートに足を踏み出したと共に、途端にその体を包み伝う、雨という名の礫。
その漆黒の髪も、白い肌も、首筋、腕も足も、爪先にすら、雨は静かに侵食していく。
数歩歩いた後、忍足は振り返った。光のない今の世界ですら、その姿は、たしかに綺麗だ。


「跡部」

「あん?」

「こっち来てや」


小さく紡ぎだされた声に跡部は特別表情を変えることも頷くこともなかったが、その長い両足を雨の中へと向けて踏み出し始める。
やがて隣にまでやってきた跡部に対して微笑み、言う。


「なぁ跡部、雨の意味はなんやろな」

「意味、な・・・・・」


判読するように、跡部は言葉を零した。


「癒すものとも、洗い流すものとも、幾通りにも言えるやろうけど」

「あぁ」

「跡部は、どう思う?」


逸らすことない瞳。空から流れ出す礫たちにその視界を塞がれようとも、お互いの瞳の色までは消せやしない。


「そうだな・・・・・思い出させるもの、思い起こさせるもの・・・・・か」


目は開けたまま、空を見上げる。


「・・・何を?」

「過去の自分の姿や感情、これからの自分の在り方・・・・」


跡部の手が、暖かいその手が。忍足の左手に触れ、繋がる。
忍足は跡部を見ることはなく、しかしその手を強く握る。


「そういうもんが勝手に頭ン中に出てきては消えて・・・・・」



「超える、って誓う」



揺るぎない瞳。臆することの無いその言葉。
いつもいつも、その姿に焦がれてしまう、自分。


「かっこええなぁ、跡部は」


苦笑と共に放った言葉は、決して揶揄などではない。


「お前は?」

「そうやな・・・・」



「隠してくれるもの・・・・・って思っとった」

跡部はただ無言で次の言葉を促してくる。


「周囲のことよりも、自分の汚さや、中でドロドロしとる感情とか・・・・・そういうん雨の音や、空の色が隠してくれるような気がして 好きやったんよ」


だから、晴れ渡る蒼色は嫌いだった。あの、どこまでも続いていくかのようにすら錯覚させる広さは、見上げれば いつだって見下されているかのような感覚に陥った。
まるでどれだけ自分が小さく愚かで、力のない存在なのかを思い知らされているようにすら感じて。


「過去形?」

「・・・・やね」

「どうして?」

< BR>「さぁ?教えへん」


忍足は雨に濡れた姿で、それはそれは楽しそうに微笑んだ。
普段の大人びた表情とは違う、どこか幼さを残したの笑みは、跡部の心を十分に高揚させるものだ。
同じようにずぶ濡れの姿で心底楽しそうに跡部も笑う。
そして、冷たい・・・・けれどもお互いにとっては熱いとすら感じる体をどちらともなく抱き寄せる。


「教えろよ」

「・・・・嫌や」

「教えろ」


子供の言い合いのように。しかし大人のように時に唇を触れ合わせて。
跡部が執拗にキスを繰り返せば、忍足はクスクスと笑いながら唇を離し、逃げるような素振りをして。
そうすると跡部は片手で忍足の顎を掴み、自分から視線が逸らせない状態にして、唇が触れ合う直前まで顔を近づけ、ただ静かに 漆黒の瞳を見つめた。
息を飲むように一瞬にして忍足も動きを止め、跡部の蒼い瞳を見つめている。


「・・・・雨音、うるせぇな」

「・・・・そやな」


見つめあったまま、静かなキスを。雨の味しかしないキスを繰り返す。


「でも俺、雨、好きや・・・・・跡部の瞳だけが鮮やかに映って・・・・・」

「そういう風に思うのはお前だけだろ?」

「当然やろ。こんな距離まで近づく奴が他にいたら怒るで」

「その言葉、そっくりそのまま返すがな」


10回目のキスは、長く、甘く。









「ていうかさぁ、俺らの存在忘れてるよなぁ、絶対」

「激ダサ過ぎるぜ、あれ」

「Eじゃん、幸せそうだC〜」


地面に寝転んでいた三人は、起き上がるタイミングを失ってしまった状況に困りつつ、 苦笑を浮かべていた。
あの二人のことを影ながら応援しているのだから、まぁしょうがないか、と二人が立ち去るまでは 各々現状維持の覚悟を決める。


「にしてもアイツら、似たもの同士じゃね?」

「ホント、前は雨の日なんて、跡部の機嫌は急下降だし、侑士だって普段以上に静かになるしさ」


つまりは。


「お互いが太陽みたいな存在、ってことだろ」



三人の雨の住人は、そっと顔を見合わせて、静かに笑った。






END.










あまりに久々すぎる更新の上に、こんな小話ですみませ・・・・・・!(土下座)
ネタだけはいっぱいあるのに・・・・・・根性が・・・・・ない・・・・・・。
読んで下さって有難うございました!個人的にバカップル的な仕上がりにしてみました。(普段が普段なので)
お粗末なものですが、いつもお世話になっているハナさんに捧げます・・・・・!
ハナさん、いつも本当に有難うございます!

2007年7月25日